2016.03.13
゛腰痛2800万人 8割原因不明…心の悲鳴かも゛
これは、今から約3年前の2013年3月24日付の新聞の記事の大見出しです。
*腰痛2800万人:日本人の約4人に1人。 これを聞くと、自分の身の周りの腰痛の人を鑑みて、さもありなん、という感覚。 でも、これってやっぱり多いな〜、とは思う。
*8割原因不明:これに驚く人は多いでしょう。 CTやMRIなどの体内透視検査技術がこれだけ進んだ現代の医学をもってしても、腰痛の8割以上は、原因がわからないとはびっくりです。
*・・・心の悲鳴かも:そうなんです。
この話題で思い出すのは、今から20年ほど前に、『腰痛放浪記 椅子が怖い』という本を書いた作家の夏樹静子さんの、壮絶腰痛闘病記です。
読み始めたところ、止まらずにいっきに読んでしまった一冊。
夏樹さんは何十という医師、治療家を渡り歩いて、神霊療法まがいのものも含めて、東洋医学、西洋医学、考えつくありとあらゆる治療を受けたそうです。
水泳療法⇨まったく治らない。
精神神経科⇨精神安定剤を処方。 治らない。
九州大学心療内科受診:2時間3回のカウンセリング受診。⇨帰りのタクシーの後部座席で腰が激痛に唸る。
有名な表参道のカイロプラクテイック⇨3カ月通ってみたものの、これもダメ。
硬膜外ブロック注射⇨これもダメ。
「庭にある池が諸悪の根源」といわれ、自宅の池の埋め立てまでしてしまったとか。
とにかく体を縦にしていることが苦痛。
飛び降り自殺を考えるほど苦しんで4年半。 ついに夏樹さんの”Moment of Truth”(運命の瞬間)がやってきます。
夫の知り合いから紹介されて受診した、東京の心療内科医の平木英人先生との出会いです。平木医師は腰の痛みが出始めた頃の、夏樹さんの仕事の状態や生活ぶりをじっくり聞きだしてくれたそうです。 そして、原因は心身症にあると言い切ります。
「あなたの大部分を占めていた作家夏樹静子の存在に病気の大もとの原因があると思います」
夏樹さんは答える、「元気になれるなら夏樹を捨ててもいいくらいです」
平木医師は即座に言います。「元気になれるなら、といった取引はありえない。無条件で夏樹をどうするか、自分なりの結論が出たら私に話して下さい」
そんな話をされてもやはり激痛は去らない日々が続きます。 本人は、自分では結論が出せないでいる。平木医師はさらに迫ります。
「では私の結論を言います。夏樹静子を捨てなさい。夏樹静子の葬式を出しなさい なぜなら、あなたの腰痛は“夏樹静子”という存在にまつわる潜在意識が勝手につくりだした“幻の病気”に他ならないのだ!」と。
この宣告は、作家であり知識人との自負もある夏樹さんには、まったく容認できないものでした。 そういう潜在意識に原因がある、などと言う診断が、いちばんバカバカしいものだと何度も何度も、この4年間にわたって拒否しつづけたものでした。 こんな激痛が心因性の原因で起こるはずはない、と思っても不思議がないほどの様々な種類の強烈な痛みに苛まれてきたのでした。
しかし平木医師は頑として譲りません。結局、根負けしたようにして夏樹さんは、言われる治療に同意し、夏樹静子との決別を決意します。 2ヶ月入院して10日間の完全絶食を行い、その間心理指導を受ける、という治療法でした。 薬は一切使われませんでした。
その入院の途中から痛みが薄らぎ始めます。 そして退院した時には、激痛が嘘のように去っていました。 これは本には登場しませんが、退院時に夏樹さんは、「先生は薬を一切使わず,私に指一本ふれずに治してくれた」と平木医師に言ったそうです。 それから、二度と腰痛がおこらなくなっていました。
因みに平木医師の側からは、『慢性疼痛』(ちくま新書)に夏樹さんの体験や絶食療法が言及されています。 病気やケガもない。 いろんな病院で検査してもどこにも異常がない。 そんな心因性疼痛(とうつう)を扱った本です。
また、平木医師自身は、医学生だった頃に、心臓が飛び出すほどの激しい動悸に突然襲われ、不安で何も出来なくなる、という『心臓神経症』を発症しています。 外出もままならず、休学して自宅に引きこもったそうです。 それを森田療法という心理療法で克服した体験があるので、患ったものでなければわからない苦しみがわかったのです。
ただ、日本人の7人に1人が悩んでいると言われる慢性疼痛でも、痛みに加えて疲労感、不眠、不安感、抑うつ、過敏性腸症候群(IBS)などを伴う『線維筋痛症』があり、こちらも現段階で根本的な治療法がないようです。
心が緊張するような状態が続くとデリケートな脳を守る為に、体のどこかが痛むように勘違いさせて(器質的にはどこにも痛みの原因がなくとも)、そちらに注意を逸らせる体の防御システムが発現するのかも知れません。
しからば、その脳が良かれと思ってやってくれた、確信犯的勘違いを元に戻すにはどうしたらいいのか。
原因不明と言われてしまう心因性の腰痛は、患者はたまったものではありません。 どうすればいいの!と夏樹さんならずともうろたえます。 どういう治療が効果があるかは、人によって千差万別でしょう。 この夏樹さんの場合は、本人の記述からは、10日間の完全絶食が効きました。
これも本では詳しく触れられていませんが、夏樹さんが受けた入院治療は、「東北大学方式絶食療法」というものでした。 これは、東北大学で心療内科を創設した鈴木仁一助教授という医師が、今から44年前に発表した治療法です。 すでに鬼籍に入られていらっしゃいますが、この鈴木医師の書かれた一般向けの「心療内科の聴診器」という本を読んだことがあります。
それによると、10日間絶食して、5日かけて復食するとあります。 ちょっと詳細な説明をかいつまんで引用すると、
『 10日間絶食し、ケトン体栄養となって、βヒドロキシ酪酸が増加し、前頭部α波が増大し、陽性情動が起こる。この時期に心理療法を併用することによって、持続的認知行動変容に導く。 内分泌系、自律神経系、免疫系、認知心理機能に、始めは強いゆさぶりストレスを加え、その後に正常なホメオスターシスを再構築する。』
この治療法、医療行為として認められて、健康保険も効くようです。 断食と言わずして、絶食と言うところもポイントです。 日本では、医学的に断食の医療としての効果は認められていないとかで、絶食療法と言うことになるそうです。 最近は、不食と言ってる人達もいます。
因みに身長170cm、体重70kg.程度の人には、約15kg.の体脂肪があって、40日間程度は、水だけで生きていけるそうです。 南極の皇帝ペンギンのオスは、メスが帰ってくるまでの間、産み落とされたわが子の卵を温めて4ヶ月間絶食しています。4ヶ月間です。体重は半分に落ちます。 その間、オスの皇帝ペンギンは96%を体内の脂肪から、4%を同じく体内のタンパク質から、栄養素を作り出して生きていることもわかっています。
絶食か不食か断食かの表現はさておき、要は体に全く栄養を入れないでブドウ糖が枯渇した状態を作ってやると、脂肪を分解して、肝細胞のミトコンドリアでケトン体という水溶性の短鎖脂肪酸の物質が作られます。 体が飢餓状態になって、体内のぶどう糖が足りなくなった時の代替エネルギー源として、体が作り出すものがケトン体なんですね。 最近はがん患者のケトン体食事療法でも、ケトン体の名前はよく聞くようになりました。
ケトン体は血液脳関門を通過できる小さな分子(炭素数12以下は通れる)なので、脳への栄養源にモードチェンジすることになります。 平たく言えば、この非常事態モードに体が切り替わると、脳の中でこれまで通り(心の緊張を痛みにすり替えること等)にやっていてはいかん、という風に切り替わってくることが、夏樹さんが寛解した状況から十分推測されます。
このような脳が『これまで通りにはしていられない』状態になると、心理的なアプローチの効きも良くなるであろうことは、容易に想像できる気がしてきませんか。
ここでようやく静坐や瞑想の登場です。
腰が痛くて座れない人に静坐が出来るわけない、と言われるでしょう。 床にマットを敷かずとも、その場で出来る軽い体操から入り、数種類の呼吸法にいきます。 ここまでは、椅子に座っても、または立ってやっても構いません。 この呼吸法から静坐に移行すると、長く座らなくていいのです。 5分から10分なら、腰痛の人でも座れるでしょう。
正確に静坐法を身につけると、何も考えない頭の『真空状態』を作り出すことが出来るようになります。 すると、痛みを感じていた、その感じる自分もいずれ消滅します。 真空状態とは『考え』だけでなく、『感じる』ことからも離れています。
その体験を継続させたその先に、あの痛みに羽が生える日がやってくることでしょう。
©天空庵